東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3409号 判決 1968年1月20日
原告
高崎楓
被告
板倉運輸株式会社
主文
被告は原告に対し金二九八万円及びこれに対する昭和四二年四月一五日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一双方の申立
一 原告
被告は原告に対し金六四九万九八四〇円及びこれに対する昭和四二年四月一五日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
右判決に対する仮執行の宣言を求める。
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二双方の主張
一 原告の請求原因
(一)(本件事故の発生)
昭和四一年九月二一日午前七時二〇分頃、東京都大田区池上徳持町八七番地先道路の交差点上において、訴外高崎千晴運転の軽二輪車が五反田方面から川崎方面に向け直進中、川崎方面から池上駅方面に向つて右折せんとしていた訴外北浦正弘運転の大型貨物自動車(横浜一き二八一二番)と接触しその場に転倒し、よつて、右千晴は胸腔内臓器損傷のため即死した。
(二)(被告会社の責任)
訴外北浦正弘運転の右大型貨物自動車(以下加害自動車と略称する)は被告会社の所有に属し、本件事故は右自動車を被告会社の運行の用に供している際に発生した人身事故であるから、被告会社は被害者に対し自動車損害賠償保障法第三条(以下自賠法三条と略称する)に基き賠償すべき責任がある。
(三)(原告の身分関係)
原告は亡千晴の相続人である。
(四)(損害)
(1)亡高崎千晴の得べかりし利益の喪失
高崎千晴は本件事故当時訴外株式会社浜田進商店に三輪貨物自動車の運転手として勤務し、事故直前である昭和四一年三月から同年八月までの六ケ月間の給与収入はその所得税、社会保険料を差引くと一八万〇一五五円となりこれを年間に換算すると三六万〇三一〇円となる。総理府統計局の昭和四一年一一月分の家計調査報告による東京都区部の一人当り一ケ月の平均消費支出は一万五〇六二円であつて千晴の一ケ月の生活費も右金額を出ないものであつたから、千晴の年間生活費は一八万円が相当である。また、千晴は死亡当時一八才の男子であつて、第一〇回生命表によれば平均余命は五〇・二七年であるから、本件事故がなければなお五〇年間生存することができ、少くとも六三才まであと四五年間は稼働可能である。
したがつて、千晴はその死亡により、前記収入金額より生活費を差引いた年額一八万円によつて計算した四五年分の収入八一〇万円の得べかりし利益を失うことになり、被告に対し同額の損害賠償請求権を有するところこれを年毎にホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して一時払額を求めると金四一八万一五八〇円となる。
原告は千晴の母として相続により右請求権を取得した。
(2)慰藉料
千晴は原告の一人息子で生来健康に恵まれ、職場の上役、同僚、友人等から信頼され母想いの青年である。原告は千晴が三才のとき夫と死別したが再婚せず、千晴を含む幼い姉弟三人の成長を唯一の生き甲斐として女手一つで養育してきたところようやく長女も婚姻し、本件事故当時原告は千晴と三女の親子三人の幸福な家庭生活を迎えた矢先であつた。特に千晴は一人息子で中学卒業と同時に就職し、一家の柱として稼働していたものであり、原告は千晴の死亡によつて頼るべき唯一の柱を失い多大な精神的苦痛を蒙つた。したがつて原告の慰藉料額は、金二〇〇万円、千晴の慰藉料は金一〇〇万円を相当とし、原告は右千晴の慰藉料をも相続により取得した。
仮に右千晴本人の慰藉料が認められないときは原告の慰藉料額は三〇〇万円が相当である。
(3)葬儀費用など
原告は昭和四一年九月二一日から同年一一月八日までの間千晴の葬儀費用、酒肴料、供養生花果物料、祭壇費、読経料、仏壇一式費用、初七日、四九日法要費として合計一八万八二六〇円を支出し同額の損害を受けた。
(4)弁護士費用
原告は被告会社が右七三六万九八四〇円の損害賠償請求権の支払をなさないので昭和四二年三月二八日弁護士田口尚眞に被告会社を相手とする右請求訴訟を委任しその手数料として同弁護士に五万円を支払い、謝金は東京弁護士会報酬規定の範囲内である一割の料金を支払うことを約したので七三万円を第一審の判決言渡日に支払うべき債務を負担したことになり、結局七八万円の損害を受けた。
(5)したがつて、原告は被告会社に対し金八一四万八八四〇円の損害賠償請求権を有するところ原告は昭和四二年六月一六日自動車損害賠償責任保険の保険金一五〇万円を受領したから、前項(1)の逸失利益額からこれを控除すると同時に同(4)の弁護士謝金相当の損害から右控除額の一割すなわち金一五万円を控除した残額六四九万九八四〇円及びこれに対する本訴訴状送達の翌日たる昭和四二年四月一五日から右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を被告会社に対し求める。
二 被告会社の答弁及び抗弁
(一) 請求原因第一項記載の事実中千晴の受傷の部位は不知、その余の事実は認める。
同第二項記載の事実中加害自動車が被告会社の所有に属することは認める。
同第三項記載の事実は認める。
同第四項の(1)の事実中、千晴が原告主張の会社に勤務し自動車の運転業務に従事していたこと東京都区部の一人一ケ月の平均消費支出が一万五〇六二円であること、千晴の年令、平均余命、稼働年数、ホフマン式計算法は認めるが、千晴の収入のことは不知、損害金の額及びその請求権の存在は否認する。
同第四項の(2)の事実中原告主張のような家庭の事情は全部不知、慰藉料額は否認する。
同第四項の(3)の事実は全部不知。
同第四項の(4)の事実中、原告が田口弁護士に訴訟手続を依頼したことは認めるがその余の事実は否認する。
同第五項記載の事実は否認する。
(二) 仮に被告会社が本件事故につき自賠法三条の運行供用者としての責任を負うとしても、次に記載するように被告会社及び訴外北浦は加害自動車の運行に関し注意を怠らず、本件事故は被害者である高崎千晴の過失に基くものであり、しかも加害自動車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものであるから、右責任を免れ得る。
(1) 被告会社は、貨物自動車による貨物運搬を業とする会社であり運転者は常時二〇数名雇用しているが、春秋各一回県公安委員会で催す自動車運転者に関する講習会には北浦を含む全運転者をこれに参加させており、また大体一ケ月に一回被告会社の運行管理者が中心となりその指導下に全運転者のために自動車運転に関する技術、自動車の構造機能、関連改正法規等に関する会合を催してその能力の向上に努めている。なお、運転者の労働時間を八時間に制限して長距離運転の場合は二人運転者を乗車させて交替運転をせしめ、事故発生の防止に努めており現に当時加害自動車には北浦運転手の外に山内昭光運転手が同乗しており、愛知県桑名市から東京深川の株式会社日立製作所に荷物を運ぶ途中で、その前日は桑名から川崎に到着し同所で両名共一泊休養のうえ運転進行中に本件事故が起つたものである。更に、本件加害自動車は六屯半積であるが本件事故当時の積荷は五屯半でありその運行に無理を強いていない。
また、北浦運転手は昭和一四年九月二六日生れで昭和三三年普通自動車の運転免許、同三五年五月大型自動車の運転免許を各取り、同四一年一月五日被告会社に入社したもので従来一度も事故を起していない優秀運転者である。
(2) 本件事故は被害者千晴の過失に基くものである。すなわち北浦は川崎方面から五反田方面に進行し本件事故現場の交差点で池上駅方面に右折しようとしたところ別紙図面の信号が赤となつたので<1>の位置に停車し待機したがその時対向車はトラツク二台が右交差点から五反田方向に約一〇〇米離れた場所に存在する信号機の前に停車し信号のかわるのを待つているのみで千晴の運転する軽二輪車は右北浦の視界内には存在しなかつた。ところが右交差点の信号が青となり北浦が加害車を発進させ別紙図面のとおり<2>から<3>へと池上方向へ右折し<3>の位置に達した時突然千晴運転の軽二輪車が暴進して現われ自ら右北浦の加害車の後部に接触し本件事故が発生したもので、右北浦には加害車運転上の過失はない。
(3) 加害車は、本件事故の約一ケ月前に購入した新車であつて構造上及び機能上の欠陥は全くなかつた。
三 原告の被告会社主張の抗弁に対する答弁
被告会社主張の免責の事実中は記載の事実は不知、(2)記載の事実は否認し、(3)記載の事実は不知と述べた。
第三証拠〔略〕
理由
一(本件事故の発生)
原告主張の請求原因(一)の本件事故の発生の事実(但し千晴の受傷の部位を除く)は当事者間に争いがない。
二(被告会社の責任)
加害自動車が被告会社の所有に属することは当事者間に争いがない。しかるに、被告は何んらの主張立証をなさないから被告が本件事故につき加害自動車の運行供用者の地位にあると解することができる。
(一) ところで被告は右加害自動車の運行により発生した本件事故につき自賠法第三条但書所定の免責事由を主張するので以下考える。
〔証拠略〕によると、訴外北浦正弘は、加害自動車を運転し、川崎方面から本件事故現場の交差点を右折して池上方面に進行する目的で右交差点に差掛つたが、その時前方別紙図面点設置の信号機の信号が赤となり同(a)同の停止線上には先行車が停車しまた、自己の右折方向と交差する五反田方面から川崎方面に通ずる道路の同(b)の停止線上にも車が停車して、右信号のかわるのを待つていたこと、そこで右北浦は、同<1>点に加害自動車を停車して、右信号のかわるのを待ち、そのかわると同時に右(b)点に停車していた車が交差点を通過するや直ちに右折を開始し同<2>から同<3>に進行したがそのとき右通過車と同一方面から時速六〇粁で進行して来た千晴運転の軽二輪車が同点<×>において加害自動車の後尾右端に接触して本件事故の発生したことを認めることができる。
右事実によると、本件事故の発生は、軽二輪車を運転していた千晴が自己の進行前方に加害自動車の進出したのを看過したか若しくはこれを避け得ると軽信したせいか、右二輪車に減速の措置を講ぜず漫然と高速で進行した過失に基因するものであることも否定できないが、むしろ加害自動車を運転していた北浦が右交差点においては右車の右折に優先する右千晴運転の軽二輪車の動向に注意を怠つたか若しくはこれをさけ得ると軽信して右折を開始した過失に基因することを認めることができる。
したがつて、被告の自賠法第三条但書所定の免責事由の主張は、加害自動車の運転につき訴外北浦に過失の存することが明らかであるから、その余の点につき判断するまでもなく失当である。
三(損害)
(一) 千晴の得べかりし利益の喪失
亡千晴が本件事故当時訴外株式会社浜田進商店に三輪貨物自動車の運転手として勤務していたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によると右千晴の浜田商店における事故直前の昭和四一年三月から同年八月までの六ケ月間の給与収入がその所得税、社会保険料を差引くと金一八万一五五円となり、これを年間に換算すると金三六万三一〇円となることを認めることができる。そして、総理府統計局、昭和四一年一一月分の家計調査報告による東京都区部の一人当り一ケ月の平均消費支出は一万五〇六二円であり、千晴の一ケ月の生活費も右金額の範囲をでないから、原告主張のように右千晴の年間生活費は一八万円を相当と解し得る。また右千晴が死亡当時一八才の男子であつたことは当事者間に争いがなく、第一〇回生命表によると右千晴の平均余命は五〇・二七年であり、そのうち六三才までのあと四五年は稼働可能といえる。
したがつて、右千晴は本件事故による死亡により年額一八万円の四二年分の合計八一〇万円の得べかりし利益を喪失したことになり被告に対し同額の損害賠償請求権を有するが、これを年毎にホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、一時払額を求めると原告主張のように四一八万一五八〇円となる。
ところで、前掲右千晴の過失の割合からするとほぼ四割を減ずるのが相当であるから右千晴は被告に対し金二五〇万円の損害賠償請求権を有する。
(二) 右損害賠償請求権の相続
原告が右千晴の相続人であることは当事者間に争いがないから原告は相続により千晴の被告に対する前項の損害賠償請求権を取得した。
ところが原告は自動車損害賠償責任保険の保険金一五〇万円を受領し右請求権の弁済に充当した旨自陳するので、原告は被告に対し右金額を控除した残額一〇〇万円の損害賠償請求権を有する。
(三) 慰藉料
原告は、自己の慰藉料二〇〇万円の外に亡千晴自体の慰藉料一〇〇万円の相続を主張し、予備的に右千晴の相続が認められない場合には自己の慰藉料一〇〇万円を主張するところ当裁判所としては死者の慰藉料の相続は認めるべきではないと解する。そこで以下右予備的主張につき考えるに〔証拠略〕によると千晴は原告の長男であり夫と死別した原告の右千晴に対する期待と信頼が極めて大きかつたことを認めることができ、右千晴の死亡により原告の蒙つた精神的苦痛を金銭にかえると金二五〇万円が相当であるところ前掲千晴の過失の割合を考慮すると原告は被告に対し金一六〇万円の賠償を求め得る。
(四) 葬儀費用など
〔証拠略〕によると原告は亡千晴の葬儀費用として合計一八万八二六〇円を支出したことを認めることができるところ前掲千晴の過失の割合からほぼ四割を減ずるのが相当であるから原告は被告に対し金一一万円の賠償を求め得る。
(五) 弁護費用
前掲事実によると原告は被告に対し合計二七一万円の損害賠償請求権を有するところ、〔証拠略〕によると被告は原告に右賠償金の支払をなさないため弁護士田口尚眞に右請求訴訟の提起を依頼し(右弁護士に本訴を依頼した点は当事者間に争いがない)手数料として五万円を支払い謝金として本訴において被告に対し請求する七二一万九八四〇円の一割の金員の支払を約したことを認め得るが、本件事故における損害として認め得る弁護費用は前記二七一万円のほぼ一割にあたる二七万円の限度で認めるのが相当である。
四(結論)
したがつて、原告は、被告に対し自賠法第三条に基く金二九八万円の損害賠償金及びこれに対する右損害の発生後であることの明らかな昭和四二年四月一五日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め得る。
よつて、厚告の本訴請求中右限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条仮執行の宣言については同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 山口和男)
<省略>